勉強をしました。インドでは大戦中イギリスが約束していた自治の拡大が実現しませんでした。しかも、ローラット法が制定されて民族運動は弾圧され、アムリットサール虐殺事件もおこりました。このため国民会議派のガンディーを中心に非暴力・不服従運動が全国にひろがりました。反英運動は大衆的規模に発展し、ネルーを中心に完全独立を主張するようになりました。イギリスは1935年インド統治法を制定し、州の自治を認めて妥協をはかりましたが、独立運動をおさえることはできませんでした。朝鮮では日本のきびしい統治に民族的反発が強まり、1919年3月1日にソウルで独立宣言が出され、独立運動は朝鮮全土にひろがっていきました(三・一独立運動)。この運動によって朝鮮では民衆に多くの犠牲者を出しましたが、日本は従来の武力による支配を後退させることになりました。しかし、朝鮮の経済支配はかえって強められました。ガンディーは西インドの地方官吏の家に生まれ、13歳で結婚し18歳のとき父親となりましたが、まもなくロンドンに留学し弁護士の資格をえました。こちら